サウンドクリエーターとミニマリズム


はい。珍しく読書の話題です。「より少ない生き方」という本を流し読みしました。実は私はかなり前からミニマリズムをオリジナルに解釈して実践していました。この本を読ませてもらう限り大筋であってたのかなぁと思います。まぁというか解釈なんて人それぞれですからこれからも私はオリジナルミニマリズムでいきます。笑

私がミニマリズムについて知ったのは2014年後半ぐらい?だった気がします。
2017年現在少しずつミニマリズムに侵食され今では立派なプチミニマリストなのでは?と自覚が芽生えたので…。作曲家やサウンドクリエーター目線からこのミニマリズムについて語ってみようかと思います。

私が考える「ミニマリズム」

ミニマリズムとはいらない物を捨てる。とか、キッチリしたいからやる。ということでは無いと思っています。結果として自然とそうなっていくのが正しいと考えています。

ミニマリズムの根幹はにあるものは、必要なものをどれだけコンパクトに出来るか?その過程でなにを得るかをしっかり分析することだと感じます。

またミニマリズムというのは、人間は自分が思っている以上にモノに対するキャパシティが少ないのだ。という事を理論的に説いたものではないかとも考えています。

ではいくつかの事例といいますか、私のミニマリズムした小話を聞いていただきたいと思います。

楽曲制作の機材をミニマリズムした時の話

当時、私はある事情からあまり準備期間もないまま転居をしなければならなくなっていました。

そこで発生した問題が、音楽を作るための機材や楽器が転居先に収まりきらない問題です。いや正確にはこのまま持ち込めばギュウギュウになってしまう問題です。

とりあえず楽器や機材の量を半分どころか7~8割は削らないとスッキリはしないのです。私はとりあえず定石である、「いるもの、いらないもの」作戦で何とかしようと思ったのですが…苦労して買った思い出のギターとか機材とかそう簡単に分別できないし、現状何の問題も無く使えていて、なおかつ必須なモノだけでも半分以上はありました。

無理しても押し込めない量というわけでは無いなぁと考え始めていた時に、ミニマリズムに出会って「必要なものでも手放す、合理性の視点の変換、もったいないを否定する必要性」という事を体験しました。

結果的に私は「いるもの、いらないもの」ではなく今現状の機材量とその総能力値を計算して、能力値を極力落とさないようにしながら機材量を削るという方向にシフトしました。当然資金なものをそちらに使うことになります。これが「合理性の視点の変換」でした。資金を使い新しいものを購入していくだけではなく今の環境をよりスマートにするために資金を使うという考え方になります。

また感情的な部分にも影響を与えるモノもあります。たとえば今回のケースでは楽器なのですが今回のケースでは1本のギターを除き、ギター6本とベース1本(その他ベース用機材全部)を手放しました。中には10代の頃から使っている思い出のモノでもあり、厳密にはそれぞれキャラクターの異なるモノなのですべて必要性はあるといえるものでした。つまり感情的にも機能的にも「必要なものでも手放す。」ということになりました。

これら二つの行為はいわゆる「もったいないの否定」に当たります。

無理をすれば全部入れることもできたし、もちろん不満があったわけでも壊れたわけでもないです。んー今でも感情の上ではもったいないと感じます。

ですが、一見やりすぎにに思えるこれら大規模な機材削減で結構面白いことがおきました。

必要性への認識が自発的に変化した

とりあえず転居がおわり、機材量がガーンと減りました。喪失感とか凄かったんですよね。最初は。

なんというか、最初の感情としては「やりすぎたかなぁ」とか「失敗だったかなぁ」というような感情しかありませんでした。

ですがまぁ、そんなこんなでその環境で曲を作ったりとか仕事をしたりなどが始まるわけなのです。

そうすると何故か作業効率が上がっているとすぐ感じることができました。それどころか曲のクオリティもなぜか上がっていると感じることが出来たのです。

確かに、新しく買った機材は一応新しいものなのですが、先ほども説明したとおり何かを新しく付け加えるような買い足しを行なったわけではないのです。

普通に考えれば、いや正確にはそのときまでの経験から考えれば、この環境の変化で曲のクオリティが上がると感じるはずがない、はずなのにです。
たとえば、前まではAという基本機能を持つ機材を3機種ほど持っているとします。ですがその3機種細かく見ていくとA1・A2・A3という差異が存在し、クリエーターからすると3機は違いのある別の機材なのです。

以前の私はここを意識することが多かったのです。それが結果的にクオリティを左右する違いであり。こだわりなどと言うような概念につながり、クールでクリエイティブ・専門的な感じ・マイノリテー感など、なんといいますかそんなクリエーター系の価値観につながり、結果的にそれが必要性に繋がるのだと、それが当たり前なのだと考えていました。

ですが、今回それらの一部を捨てたのです。言い換えればクリエーターとしてのこだわりみたいなものの一部を捨てたはずなのです。

なので、クオリティは理論的に考えて下がるはずなのです。が、結果はクオリティが上がったと感じ、とても不思議な気分でした。

この体験は、今までの価値観を自発的に変えるばかりか、結果的にそれに付随する必要性にも変化が生じたのでとても衝撃的な体験でした。

ミニマリズムの生み出すメリット

そんな不思議な体験をしてから、身の回りのものをよりスマートに縮小するためにはどうすればいいか考えながらここ2年ほどを過ごしております。そこから見えてくるものは多く、最近では作風にまで影響しているかもと思うほどです。

まず、モノを増やす出費よりも、現在の環境をより効率化・小型化・多機能化による絶対数の減少をさせるための出費のほうが確実に上回るようになります。
これは別にモノ買わないわけではなく、本質的な違い無い場合には出費しなくなると考える方が正しいです。いわゆる新商品や新機能だけを目的にモノを買うことが極端に減ります。もともと私は衝動買いすることは少ない方だったのですが今ではほぼ皆無といっていいレベルになりました。

逆に、それを買うことで現在の環境をより効率化したり、多機能化による絶対数の減少を視野に入れた買い物が出来るようになります。

そうすると、見る見るうちにモノって減るんですよね。

で、結果的にその一つに注力する時間や触る絶対時間が増えるため、機材とかの場合はどんどん使い慣れていくのがわかります。今ではソフトウエアにいたってもこの感覚を使ってどんどんミニマリズムしていっています。

選択肢が多いというのは、時にクオリティを下げる原因になりかねないというのは間違いないと思います。それがたとえ、多方面から絶大な支持を得ているものでも、多く持ちすぎるとそれはもう害にしかならないです。

私の今の結論は、肥大化した膨大な選択肢がある環境ではなく、自分の為だけの洗練された最適な環境を作ることがクリエーターにとっては重要なのではと考えています。

そういった意味では、このミニマリズムの考え方は非常に役に立ちます。

みなさんはいかがでしょうか?機材やソフトや楽器が必要以上にあふれていませんか?というかその必要という考え方そのものについて一度客観的に考えられたことはここ最近ありますか?

生活においてもこのミニマリズムは非常に重宝します。わたしは最近コップをミニマリズムしましたが結果、洗い物の時短になり、収納スペースは3分の1でよくなりました。当たり前ですが、コップとしての機能や日々の生活での利便性はほとんど変わっていませんよ。

是非、今ある環境を効率化・小型化・多機能化による絶対数の減少の3つの着眼点で分析してみてください。本当の意味での「無駄なもの」や「必要ないもの」が見えてくるとおもいます。